2016年9月7日水曜日

不眠症を治療する頭部冷却機器をFDAが認可

米Cereve社の不眠症治療装置Cereve Sleep SystemがFDA(アメリカ食品医薬品局)により認可されました

この装置は、前頭部を冷却して、意思を司る前頭前皮質の温度を下げて不活発にさせます。それにより脳の活動レベルを低下させ、睡眠をもたらすという、画期的な作用機序を有する装置です。不眠症を治療する機器としては世界初になります。

この装置は、米国での臨床試験により、睡眠の導入(統計的に有意なsleep latencyの短縮)をもたらすとされています。睡眠の維持に効果があるかは定かではありません。

不眠症の治療として一般的に使われるのは睡眠薬ですが、良く知られているように既存の睡眠薬の多くには決して軽くない副作用があります。現在広く使われる睡眠薬は、人が死ぬような副作用がないという点では安全なものですが、不快な副作用が多くの人に生じます。この装置では、薬よりも副作用が少ないことが期待されます。

問題は、この装置にどれくらいの効き目があるかです。例えば、Ramelteonは統計的に有意なsleep latencyの短縮をもたらす薬であり、副作用も極めて軽度ですが、効き目が弱く、人によっては効果が感じられないほど弱いという問題があります。もしこの装置が、少ない副作用でZolpidem 5-10mg程度の効き目があればかなり売れるでしょうが、Ramelteon程度であればあまり売れない気がします…。

FDAの認可書類に記載された臨床試験結果からすると、latency to persistant sleep (10分以上の眠りに落ちるまでの時間)では偽治療(高い温度での装置の着用)との間で統計的に有意な違いをだすことができず、latency to phase-1 sleepで12分程度の短縮ということです。Ramelteonの臨床試験結果と比べても、これはかなりショボイです…。

装置は、枕元に冷却機器を置き、そこから14~16度の冷却液がポンプで冷却パッドに送り込まれるという仕組みのようです。どれくらいの大きさになるか、騒音や価格がどうなるかもポイントですね。FDAの認可書類に写真が掲載されていますが、装置はそこそこの大きさがありそうなので、旅行には不便かもしれません…。

予定通りにいけば、2017年の後半には発売開始になるとのことです。もし発売されたら、私はさっそく米国に飛んで、この装置の処方を受けようと思っています。とても楽しみです。

装置が効き目があるかどうかはわかりませんが、現在、私は寝るときに部屋にガンガン冷房をかけて体温を下げてから分厚い布団をかぶって寝ているので、それをしなくてすむだけでも健康に良さそうです。


以下詳細。(むやみに長いです。あと講義の内容を書き写してるので、私もあまり良く理解してないです)

私がこの装置を知ったのは、CourseraのSleep: Neurobiology, Medicine, and Societyという授業でした。この装置の発明者であるNofzinger博士が直接講義をしてくれて、とても興味を持ちました。(残念ながらこの授業はすでにCourseraのサイトから消えています)

ちなみに、この講義を見ることがなければ、この装置の情報を見たとしても、どうせ新手の詐欺だろ、と思って無視していたと思います(笑)

これを発明したNofzinger博士は、睡眠障害と脳機能画像の専門家であり、不眠症患者において脳の活動レベル(糖代謝レベル)が高くなっているということと、脳を冷却することで代謝を低下させ、神経活動を低下させることができるということから、この治療法を思いつきました。

Braunらの研究によれば、REM睡眠中もNREM睡眠中も前頭前皮質の活動が大幅に低下していることが示されています。それが夢の中で、あまりに馬鹿げた判断をしてしまう理由かもしれません。私も個人的に、寝ようとしているときに考えていることがアホになってくると、そろそろ寝れるなという感じがすると思っています。

脳内では様々な部位が睡眠や覚醒を司っていますが、前頭前皮質はとくに睡眠に関わる部位ではなく、脳全体の意思決定をする司令塔のような場所だと言われています。前頭前皮質は脳内でも表面に近い場所にあり、表面を冷却するだけで温度を下げることができるのがポイントです。

前頭前皮質が活動的である場合、そこからの刺激が、感情を司るLimbic systemや、睡眠覚醒に大きな役割を持つReticular FormationやBasal Forebrainや視床下部に伝わり、そうした部位の活動レベルを高めてしまい、それがまた前頭前皮質へとフィードバックされる悪循環になってしまうとのことです。

Nofzinger博士の研究によると、前頭部を冷却することで、前頭前皮質の代謝レベルが低下したことが画像で確認され、Slow-wave sleep (SWS, 深い眠り)も増えたとのことですが、これについて論文を発見することができませんでした。

不眠症患者では、起きているときに前頭前皮質や脳全体の活動レベルが高まっているだけでなく、視床下部やAscending Reticular Activating System (ARAS)などの活動が睡眠中にも高い状態にあることが発見されました。こうした部位はベンゾジアゼピン受容体作動薬によって直接抑制することもできますが、この装置を使って前頭前皮質からの信号を抑制することで抑えることもできるかもしれません。

ついでに検索したところJoaquin Fusterという研究者が、前頭前皮質を冷却することで、タスク遂行能力を下げることができるという発見をしているようです。

以上、この装置はとてもとても興味深い装置だと思うのですが、論文が全く出ていないため、まだ詳細は謎に包まれている感じです。続報が待たれます。

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